1月17日
今日も朝は冷えている。どうやら朝は1度くらいまで冷え込んでいるよう。朝、ホステルからマウンテンバイクをレンタルし、白沙古城に向かう。片道が12キロほどあるので、迷いながら40分ほど自転車を漕ぐ。田舎道を行くので、景色が本当に奇麗だった。道の途中には、犬、牛、馬、ロバ、鶏、山羊など多くの家畜を見る。
40分ほど漕いで白沙古城に着いたのだけど、三つの古城の中で一番さびれていた。ほとんど古城とはいえない状態で、石畳の一条の道にナシ族の家が立ち並ぶだけの村だった。お腹も空いたので、街の人においしいレストランを聞いてみると、普通の家を指さすので、入ってみることにした。そこは、家の中庭が客間でメニューもないレストランだったが、安くとてもおいしい家庭料理を食べることができた。
白沙古城は壁画が有名である。その壁画を見に来たわけなのだけれど、その壁画はすこしユニークなところがある。というのも、曼荼羅のような宗教壁画なのだけど、麗江地域には色々な宗教的背景をもつ民族が点在する。それを一手に治めていた木氏がラマ教、道教、仏教の多彩な宗教を習合させるためにその壁画を作ったのである。だから、その曼荼羅には、多彩な仏や菩薩や僧が描かれている。とても印象的な壁画だった。その時に、壁画の説明をしてくれた係の人に、文化大革命の時期について聞いてみた。文革の時期には、宗教は迷信とされ、打倒の対象とされ、紅衛兵によって多くの文化遺産がつぶされた。ただし、田舎では、地域の長が紅衛兵から文化遺産を保護したということも聞く。聞いてみると、この壁画も文革の時期には、紅衛兵に目を付けられたらしいが、地域住民(のおそらく上層部)が保護したらしい。
その後、麗江古城に戻り、統治者木氏の邸宅兼行政府であった木府に行く。故宮のような造りだった。しかし、いくつかにはこの地域特有の建築様式がなされていた。木府の奥の方には道教の仏像が保管されていた。
夕食は昨日食べたところで、再び頂く。夜に、昆明に向かう夜行列車に乗り込む。狭くて、臭い。